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鵜飼聡子個展 「EDIBILITY」感想+パセリ雑感

展示のタイトルは「EDIBILITY」となっていてあまり聞きなれない言葉ですが、「エディブル・フラワー」などはかろうじて知っています。
(食べたことはないのですが)

構成はおおよそ三つに分かれ、というか展示室の真ん中に壁で仕切ったインスタレーション空間が設けられたためこのように分かれたのかもしれませんが、入り口付近のスペースは平面主体、中央がインスタレーション、奥が映像となっています。

ギャラリーは入り口に広い窓があるので平面の展示されている場所は明るいのですが、テーブルのインスタレーションが置かれた中央は逆に光を遮るように壁が張り出しています。奥も映像を映すために暗くされており、壁から向こうはおおよそ薄暗くなっています。

展示の概要についてはまたいつものように先にTWしたものを再構成してお茶を濁します。

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普段の会場とはちょっと様子が違い、壁が作られ空間が仕切られている。
手前はドローイングやコラージュだったり平面に近い作品。
その奥は大きなテーブルが設えられて、食材と草(?)が並んでいる。
さらにその奥は映像作品である。

一番奥の映像は、植物が食べても大丈夫かどうかを確認する作業のようだ。
大テーブルの上のトレイ中にはジャガイモやナスといった見慣れた食材(食べられるもの)が置かれている。が、それらは粘土か石膏でできているのか真っ白である。
トレイの周りに配された植物は本物だが、こちらは食べられるものか定かでない。奥で映されているテストをしてみないと迂闊には食べられないだろう。
だが、最初からトレイに乗せられていたらどうだろう? それは「食材」として何の疑いもなく調理されてゆくのではないか

入口近くの展示は、皿の上に食べ残されたパセリだったり、シソの葉だったり、スイーツの器に残された花が、立体やドローイングで示される。 元は抗菌作用から料理に添えられるようになったらしいが、食べられるとはいえ残されることが多い。

そうした「添え物」に並んで、一つだけ毒のものが混じっている。アジサイの葉が大葉と間違えられて食事に供され食中毒を起こした事件が実際にあったそうだ。
お店で出されればたぶん誰でも疑いなく食べてしまうだろう

とはいえ、いちいち気にしだしたら大変だ。「食べられるものテスト」を毎回やるわけにはいかない。
が、一方で与えられるものに全く疑いを持たない生活が確かに「何か」を鈍らせていることも確かだろう。

展示からはズレるのだが、個人的にはパセリの存在が非常に気になった。
自分が幼少のころから洋食に添えられていたが、必ずと言っていいほど残され、周りをみても同じようなものだった気がする。
これだけ食べてもらえないのに、しつこく皿に乗せられ続けるのは何故だろうか?
この執念のような熱情の在りかを知りたいものである
なにか得体のしれない熱いものを、皿のパセリからは感じるのである。それはあまりに買いかぶりすぎだろうか?(もしかしたら単に惰性で添えられているのだろうか)

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入り口のスペースの壁に掛けられた「EDIBLE」の文字は、リンゴの皮のコラージュ作品です。確かに皮も食べれなくはないですが、剥いて食べることが多いように思います。

そんな、食べれるけど(ら抜きの方がわかりやすいですね)食べられないものが、ここには多く集まっています。

上のTWは展示を観てすぐに書いたものですが、どうもその後もパセリのことが気になって仕方ありません。

ポツンと皿に残っているさまに、なんともわびしさというかやるせなさを感じてしまいます。
もったいないと思う一方で、でもやっぱり自分は食べないなぁと思ったり、どうにも複雑な気持ちになります。

一方で、いつもいつも残されるのにそれでも執拗に皿に乗せてくるのには、意地というか執念のようなものも感じてしまいます。
よっぽど食べさせたいのでしょうか?

しかし、展示は食べ終わった器を立体あるいはドローイングで示していますが、食べる前の料理ではパセリが彩りを添えてそれはそれはおいしそうな出来栄えだったのかもしれません。
パセリが皿にあることで、メインのお肉がより引き立ち、美味しく食されたのではないかとも思われます。
そこではパセリは欠くことができない食材なのかもしれません。

となると、パセリの役どころは食べられることではなく、主役を光らせる名脇役、縁の下の力持ちといったところでしょうか?
自分がパセリに引き寄せられるのも、主役ではないからかもしれません。(名脇役までもいかないですが)

なんとかまとめようと書き始めたものの、むしろとっ散らかって収拾がつかなくなってしまいました。

毒のある/なしは割とすっきりするのですが、この食べられる(EDIBLE)のに食べられない(受け身)ものは、いろんな方向に感情や考えが散らばってどうにも落ち着きません。
そしてすっきりしない分だけ心の片隅に居座ってひっかっかり続けるから厄介です。

まだまだしばらくは心のイガイガが続くのでしょう。
口には入れたが奇妙な後味が残る。なんだかパセリに似ているような…

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◎展示情報

【展覧会名】

鵜飼聡子 個展 「EDIBILITY」

【会場】

gallery valeur

【開催日時】

2020年7月7日(火) – 8月1日(土)

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海牛目(かいぎゅうもく)  ただの美術愛好家  放し飼いと家畜の狭間にtwitterを回遊  展示周りも基本狭間のみ 作り手でもなくコレクターでもなく、自他ともに認める「観るだけの人」 体力の無さには自信あり
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