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大泉 安 展 「from both sides of a fabric」 レポート/コラム

2017年3月4日土曜日 大泉 安 展 「from both sides of a fabric」

 

AATの掲示板で知って葉書サイズのフライヤーを手にしたら、

ついつい実物を観たくなりました。

 

6つ飾ってあり、1つは葉書と同じ絵。 もう5つは、細かくなくわりとフラット目な感じのいずれも動物が服を着て上半身を描いている絵。

 

「古着」というタイトルの 葉書の猿人が靄らしい薄いグレーの針葉樹を背景に、

オレンジ色の異国民族風の、装飾が非常に緻密なシンメトリー。

 

全体的に対比が濃く浮き立っていた。

服飾の細かさも相まって随分と目を凝らした。

フードコートのボア風のところから猿人の顔まで濃淡のあるカーキ風色、黒、肌

となっていてピントが鮮明だった。

 

緻密な部分とシンプルに描いていた部分が印象的なコントラストになっていたんだなあ、という感じを受けた。

 

どことなく聴覚的なものを感じた。

個人的には、 民族だけど何故か光沢はないがPファンク(限定はしないが、なんとなく)的な感じがして音楽が聴こえてきそうな感覚。

 

服飾の部分が筆で葉書では伝わらないほど立体のある厚みだった。 色の混ざり具合も面白くて、

塗るのではなく盛ったりという構築で見ると、すごく興味深いので

こういうとき、ルーペが必要だなあ、たまにと思う。

 

目がものすごく鋭く、存在が半端ない。

体表にある唯一の神経は時どき怖ろしい。目は口ほどにモノを言う理由とつくづく感じる。

(上記写真、FB、APAより転用)

他の5点は、だいぶ趣が変わる。

ラフな感じがするも、いずれも単色で塗られたところは広く

すぅ、もしくは、ストンと感じるほど潔く描かれているので丁寧に作り込まれている感じでした。

 

また大泉さんの作品を観てみたいと思いました。

 

GALLERY APAに

Main と Fine と 物販の常設の展示スペースがあり 、
ちょっとしたプレゼント用とかで買えそうなお手頃の作品もありました。

 

天気のいい昼下がりに伺ったので、

散歩がてら、まったりと寛いで、ガラス張りなので開放感があり、わりとのんびりとしたスペースだなあ、と。

 

印刷物とだいぶ違い、やはり実物を見ないと質感はわからないなあ、と。

例えるなら、ネイティヴ発音と同じくらい違う、という認識。

だから現場に行って知りたくなる。

 

以下、帰り道に思ったぼんやりコラム

 

猿人の絵のタイトル「古着」を観て

昨今、ファストファッションばかり着てるとファストマインドになっちゃうなあ、などと

ぼんやり。

 

あと、

盛る、で空想/空想したのは、

去年から盛り土と、

もう飽きちゃった話題で築地⇔豊洲を論じているのは

実は、土の有無ではなく

盛っても、埋めてても、別に健康と衛生に害がなければどっちでもよく

 

実物見れば

どうなっているか直ぐばれてしまうから、もうムダな加工よそうよ、めんどーだし

という、化粧、服飾、加工に関しての議論のすり替えに思えてならない。

実物をフツーに見る現実のこと。

それと、エフェクトが虚構(加工/いんちきに近い)の誤差で、とほほ感が果てしないよなあ

昨今の1人1メディア。誰でもカメラを持ち加工する時代では特に。

と、ついつい思った。

ぱっと見でバレテしまうのに、表層的な加工は

オシャレ感は優越感なのか自尊心なのか、悶々としてくる気配がある。

限りがないから、素でいいや、と投げ出す。

快適優先だし、想像した顔やら体系が鏡を追い越して上手く映ったためしがない

少しダサいくらいなんでもない。

我慢しよう、いやいや出来るだけ目立ちたくないなあ。

清潔感の保持のみに徹するべし。と、最近はこんな心境。だって、なにしてても疲れるし。

そういうバテ加減を、この展示会で妙ちくりんに整えられて、

心的なクリーニングをされた感がある(なんだか結論づけが強引だなあ。。。)

ちなみに

盛り土、切土でいったら、切土の方はダイエットとか整形でしょうか

 

装飾って、虚実を踏まえると、たまに不気味です。

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かただみつのり

かただみつのり

1978年新潟市育ち。獅子座。O型。造文造作家。起源は滋賀県堅田町。ムダにもち肌。
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